一流投資家が学んでいる教養!お金の近現代史②

さてさて、前回は、一流投資家が学んでいる教養!お金の近現代史①
ということで、イギリス産業革命から第二次世界大戦を背景にある経済、つまりお金の歴史を軸に解説していきました。

こうして見ていくと、歴史とお金は切っても切り離せないくらい密接に結びついていることがわかりますね。

戦争なんて、始める動機がお金が欲しくて(領土とか、植民地とかゲットして経済圏を大きくしたい等)とかですもんね。

国の経済事情が政治に反映され、そして、それが現実を作っていくのですから、当然といえば当然です。

そして、「歴史は繰り返す」という言葉がある通り、歴史の流れをみると、現在の世界で起こっている出来事にも共通することがたくさんあります。一流の投資家がよく歴史を学んでいると言われる理由も納得です。

というわけで、本日も引き続き、一流投資家が学んでいる教養!お金の近現代史をお送りします。

今回は、第二次世界大戦から現代までの現代史と経済の結びつきを解説していきます。

1944年ブレトンウッズ体制の制定

「はて?ブレトンウッズ体制って歴史の教科書には載っていたかしら??」と思われる方も多いかもしれませんが、第二次世界大戦後半1944年に開かれた連合国通貨金融会議(45カ国参加)で制定され、戦後から現在に至るまでアメリカドルが基軸通貨となる礎となった出来事です。これにより、金と交換できる唯一の通貨がドルとなりました。
(1オンス=35ドル)

ブレトンウッズ体制とは、アメリカドルを基軸とした固定相場制を敷き、各国の通貨と米ドルの交換比率を一定に保つことで、自由貿易の活発化と世界経済の安定をはかることを目的に決められた協定のことをいいます。
そして、この協定により、貿易が拡大したことが、戦後西側諸国の復興を支えました。

覇権国家アメリカの威光は益々拡大していくことになります。

ここがポイント!
第二次世界大戦が開始してしまった要因は、一流投資家が学んでいる教養!お金の近現代史①でもご説明した通り、世界恐慌後に、各国が自国と植民地のみで貿易するブロック経済政策を採ったことで、植民地が少ないドイツ・イタリア・日本の不満が爆発したことにありました。世界経済が自由貿易で活発化するために、基軸となる通貨を持ち、貿易を活発化させることは、アメリカのみならず、多くの国が必要としていたことだったんです
第二次世界大戦の要因を考えると、この協定も世界平和のためには必要だったんですね。

1965年〜1973年 ベトナム内戦にアメリカが本格軍事介入

南北ベトナムの対立ですが、ソ連とアメリカの代理戦争でもあった、いわゆるベトナム戦争が、1965年から8年という予想以上の長丁場で勃発しました。
※第二次世界大戦の頃から、ベトナムの内戦はありましたが、東西冷戦が激化し、アメリカとソ連の代理戦争が始まったのは、1960年以降です。

この戦争により、アメリカは膨大な戦費を捻出することになり、経済は悪化します。
そして、アメリカドルの信頼が揺らぐことになります。

1971年ニクソン・ショック

経済状況が悪化したアメリカは、金保有量が減り、ドルの金交換に応じられないほど減ってしまいます。

そこで、1971年8月15日、諸外国に一切知らせず発表されたのが、ニクソン・ショックと言われるアメリカドルと金との兌換一時停止でした。
このニュースを、ニクソンショックと名付けるくらい、世界の国々は、大きな衝撃を受けました。

これにより、金本位制が終焉し、これまでの世界の通貨体制が崩壊します。

背景ポイント
これまで敷かれていた通貨の固定為替レートは、第二次世界大戦の主要な交戦国が戦争で著しく疲弊していた当時の世界の経済状況を前提に定められたレートでしたが、復興した国々の経済が発展するにつれて、固定為替レートは各国の経済力・競争力に見合わないものとなり、ドルの凋落が見え始めていました。

1973年 固定相場制から変動相場制へ移行

ニクソン・ショック後、アメリカドルの切り下げを行い、現実的な経済状況に見合ったレートでの固定相場制を維持しようとしたアメリカでしたが、ドルへの信頼のゆらぎは止まらず、先進国のほとんどが変動相場制へと移行していきました。

1985年 プラザ合意・そして円高時代へ

1980年代前半、アメリカ政府は高インフレを抑制するため、金利を20%まで上げたことで、世界の投機マネーはアメリカに集中しました。
こうしてドル相場が高めに推移したため、アメリカには、大幅な貿易赤字が引き起こります。
一方、高金利により民間投資は抑制され、需給バランスは改善されたため、インフレからの脱出には成功したが、国債収支が大幅な赤字となります。その上、貿易赤字国の通貨であるドルへの信頼は大きく揺らぎ、ドル相場は次第に不安定になりました。

ブラザ合意では、こうした状況の下、ニクソン・ショック時のようなドル危機が再発されることを懸念した諸外国が自由貿易を守るため、ドル安路線をはかることが取り決められ、特にアメリカの対日貿易赤字が顕著だったため、実質的に円高ドル安を進行させるための内容になりました。

実体にそぐわない行き過ぎたドル高を正すために行われた会合がプラザ合意というわけです。

現在も基軸通貨に君臨するドル

こうした紆余曲折がありながらも、アメリカドルは、現在も世界の基軸通貨に君臨しています。とりわけ、為替市場では、どの通貨からの米ドルを直接買うことができますが、(ドルストレート)
ドルの入らない通貨ペアは、一度ドルを仲介しなければ購入することができません。(クロス取引)

クロスでの取引は、常にドルストレートに影響を受けており、いかにアメリカドルが世界の経済市場で重要な通貨として君臨しているかがわかりますよね。

そうした経済上でのドルの強さは、第一次世界大戦後のアメリカの好景気とイギリス戦後の後退から始まっていることが、歴史の全体をみると納得いただけたのではないでしょうか。
参照記事:一流投資家が学んでいる教養!お金の近現代史①

まとめ

世界の経済の歴史をたどると、「今」が見えてくるというのは真理ですね。今回、マネーの歴史をまとめてみたことで、物事は流転していくということを色濃く感じました。

一流の投資家が歴史を学ぶのは、単なる教養としてのそれではなく、投資の教科書として勉強しているのだと確信しました。